のと爺の古事記散歩

古希まぢかの爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

神功皇后大研究(2)

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国宝 神功皇后木造坐像(なら仏像館)

①そもそもどんな方なの?

 息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと・後の神功皇后)は14代仲哀天皇の皇后で、15代応神天皇の母ということはご存じだと思います。そして、父は開化天皇の玄孫である息長宿禰王(おきながのすくねのおおきみ)、母は葛城之高額比売(かずらきのたかぬかひめ)ですね。ん~、ちょっと分かりづらいので系図を作ってみました。すると興味深いことが分かりましたよ。
 ハイ、これです! 

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  9代開化天皇の御子で、異母兄弟の御真木入日子印恵命(みまきいりびこいにえのみこと・後の10代崇神天皇)と日子坐王(ひこいますのみこ)のそれぞれの子孫である14代仲哀天皇息長帯比売命神功皇后)が年代を経て結ばれるんですねぇ。

 そしてもう一つ、古事記応神天皇の段を読んでみると、神功皇后の母の葛城之高額比売の先祖である天之日矛(あめのひぼこ)は新羅国の皇子だと書いてあります。
 神功皇后新羅の皇子の子孫であるなら、後々、朝鮮と関わりをもつようになるのは運命なんだべか?

 ちょっと話はズレますが、この天之日矛という皇子は何かいいかげんな男なんですよ。細かい話は省略しますが、新羅で結ばれた阿加流比売(あかるひめ)と一悶着あって比売は「私の祖国に帰ります!」と言って逃げて来て難波に留まったんですね。で、*一節太郎だったら逃げた女房に未練はないのですが、未練たらたらの皇子が「かぁちゃん、俺が悪かった」と言ったかどうかは分かりませんが、比売を追ってきて難波に着こうとしたんです。しかし、海峡の神に遮られて皇子は入れなかったんですね。
 そこで皇子は但馬国で待つことにしたのです。でも、おとなしく待っていたわけでなく、現地の娘を娶って子を作っちゃうんですね。そして、それから5代孫が葛城之高額比売と言うわけです。全く、男というものはいつの世もねぇ・・・。

 ハイ、とりあえず仲哀天皇神功皇后のポジションはお分かりいただけたと思います。次回からは具体的な事績の話をしますよ。

 ではでは今回はこれまで。次回をお楽しみに!!

*一節太郎 昭和38年(1963年)200万枚の大ヒット曲「浪曲子守唄」
 「逃げた女房にゃ未練はないが、お乳ほしがるこの子が可愛い~」
 ご存じでしょうか、ご同輩、うれしいなぁ! ご存じでない方、YouTube
 見られます。