のと爺の古事記散歩

古希になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社・東京編(6)

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 穴八幡宮から早稲田通りを高田馬場方面に歩き、西早稲田の交差点を右折して行くとほどなく、水稲荷神社があります。ここも早稲田地区のパワースポットと言われているので、爺さんはだらだら上り坂を懸命に歩いて行って来ました。


目次

 

1.場所

 ここです。地図には5分とありますが、穴八幡宮から西早稲田交差点までずっと上り坂なので、爺さんは15分ぐらいかかりました。

2.ご由緒

 当神社のHPによれば、創建は平安時代の初期天慶4年(941)です。現在早稲田大学のある地に「富士塚」があり、その地に稲荷大神が勧請されて建てられました。当初は富塚稲荷、将軍稲荷と呼ばれていました。
 その後、江戸時代元禄15年(1702)になり、ご神木の椋(むく)の木の根元より霊水が湧き出し、それが眼病に効くと評判になり、火難退散の神託が下ったことから「水稲荷神社」に改名されました。
 昭和38年(1963)に、早稲田大学と土地交換を行い、現在の場所に移ります。
尚、現在地は徳川御三卿の一つである清水徳川家の旧趾である甘泉園の一部になります。眼病や消防の神様として有名であり、古くから信仰が厚い神社です。

徳川御三卿
 第8代将軍徳川吉宗が次男・宗武、四男・宗尹を取り立てて別家を立てたのが御三卿の起こりである。さらに、吉宗の長男で第9代将軍となった徳川家重が次男・重好を別家として取り立てたことで三家の体制が確立した。家格は徳川御三家に次ぐ。
(ウィキペディアより) 
 要するに、暴れん坊将軍吉宗が、徳川家存続のために保険として分家を作ったということですね。

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mizuinari.net

3.ご祭神

 稲荷社ですから、ご祭神は倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ 古事記では宇迦之御魂大神)です。この神様についてはこれまで何度か出て来ましたので、お分かりいただいていると思いますが、あとの佐田彦大神(さだひこのおおかみ)、大宮姫大神(おおみやひめのおおかみ)とはどのような神様なんでしょうか。
 総本宮である伏見稲荷大社では、主祭神である倉稲魂大神を中央の下社、佐田彦大神を中社、大宮能売大神を上社に祀っているんですね。この三柱の神様を稲荷三神と言っています。要するにトリオ・ザ・イナリってとこですかね。

4.佐田彦大神と大宮姫大神

 古事記では佐田彦大神は猿田毘古大神と言います。どんな場面で登場するかというと、天孫降臨の際に、ニニギ様御一行が天と地の境目あたりに来ると、怪しく天地を照らす神がいたんですね。で、ニニギが一行に加わっていた天宇受売神(あめのうずめ・アマテラスが籠もった岩屋戸の前でス〇リップを踊った女神ですよ)に、あいつは誰か聞いてこいって言ったんです。

 ウズメ「アンタ誰? なにしてはんの?」
 サルタ「わてはサルタビコいいます。天つ御子が天降りしはると聞いてな、道案内させていただこ思て、待ってましたんや。」(あんたは鶴瓶か!)

ということで、サルタビコの先導で降臨が完了します。そして、ニニギがウズメに言ったんですね。
 「アイツ、いいやつやないか。アイツの名前を取って自分の名としなさい。」
 つまり、男の名を名乗ると言うことは、結婚しなさいということなんですね。これによりウズメの子孫達は猿女君(さるめのきみ)と呼ばれるようになりました。そして、大宮姫大神はこのウズメのことだと言うんですね。(諸説あります)
メデタシ、メデタシ。
 サルタはその後、「導きの神」として、また、ウズメは「和合」の神として祀られるようになります。

5.参拝

 では、参拝しましょう。通りに面した広い階段を登ると参道になります。

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 すぐ左手にあるのが堀部武庸(ほりべたけつね 通称・安兵衛)加功遺跡之碑です。
但し、字は見えません。

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 堀部安兵衛については別途、あらためて書きたいと思っています。

 次に神社の看板でしょうか。これも相当古そうです。

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 そして参道の右側にこんな表示が・・・。ご由緒で出て来た甘泉園みたいですが、蛇が出るのに誰が入るかい! スルーしました。

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 しばらく参道が続き、やがて右側に歴史観たっぷりの鳥居がありました。

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 鳥居を入るとこんな感じです。

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 左手に手水舎、その対面に大国社があります。

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 さらに奥には右手には太田道灌が馬を繋いだと言われる松が・・・。江戸城を作った太田道灌なら、何百年も前の話だよね。松が細すぎないかい?

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 その奥にはなにやら怪しげな・・・。神社に関係あるのかよく分かりません。

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そして左手の階段を上ると境内になり、正面に拝殿です。

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 拝殿前には狛狐がいますが、ん? なんかくわえてるぞ!

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 狐がくわえているのは巻物と宝珠なんですね。そして、巻物は知恵の象徴でどんな願いも叶うという稲荷の秘法のシンボルであり、宝珠は稲荷大神が秘める御神徳の象徴なんだそうです。伏見稲荷大社の狐はこのほかに稲穂や鍵をくわえているそうです。
 でも、ちょっとお顔が恐いですねーー。コンコーン・・・。

 拝殿の屋根をよく見ると、薄い板を何重にも重ねているように見えます。ミルフィーユ状態です。戦災で焼失した社殿は昭和21年(1946)に復興されたそうです。

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 そして、拝殿の裏手に回ると富塚古墳という表示があり、そこには稲荷祠がいろいろありました。狐さんが集団でいろいろ・・・。この裏手一帯が古墳なんでしょうか。

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 そして、末社の高木神社、三神神社です。

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 社務所は無人でご朱印はいただけませんでした。パワースポットなのに残念。あとで分かったのですが、ご朱印の授与は何故か分かりませんが、やってないそうです。

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 それから、帰り際に気づいたのですが、最初に入った鳥居と平行してもう一基の鳥居があり、その近くに「耳欠け神狐」といわれる狐がいました。
 体に具合の悪いところがある人は、狐のその部分を触ってから自分の体を触ると体の痛みがやわらぐという御神徳があるそうです。あれ?これって牛嶋神社の「撫で牛」といっしょだね、じゃぁ、爺さんも頭を触って・・・。

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6.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。とても綺麗に整備された穴八幡宮のあとに訪れたからでしょうか、対照的に自然のままという印象の神社でしたね。そして、残念だったのはご朱印がないのと、HPで見たご神木が見られなかったことです。多分、拝殿の中にあるんだろうと思います。

 さて、しつこいですが堀部安兵衛です。ご存じの通り赤穂四十七士の一人ですね。そして12月14日が討入りの日です。で、本当は義士祭が行われる14日がいいんですが、混雑してじっくり写真が撮れないだろうと思い、昨日(12日)、行って来ました。
 

 次回は番外編で「泉岳寺」をお送りします! 

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