のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社・東京編(16)

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 東京十社と言われる神社をご存じでしょうか。明治天皇が明治元年(1868)に准勅祭神社(祭祀に際して天皇により勅使が遣わされる神社)と定めて、東京の鎮護と万民の平安を祈願されたお社のことです。
 そのお社をまわることを東京十社巡りと呼び、昭和50年(1975)、昭和天皇のご即位50年を奉祝してこの十社巡りが始まりました。前回参拝した日枝神社はその一社なんですが、日枝神社から徒歩10数分の所にもう一社の赤坂氷川神社がありますので、行って来ました。

目次

  

1.場所

 ここです。

2.御由緒と御祭神 

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 埼玉県さいたま市大宮区にある氷川神社が、東京都・埼玉県近辺に約280社ある氷川神社の総本社であると言われています。ところが、赤坂氷川神社のHPを見ても、総本社との関係が書かれてなく、なぜスサノオが御祭神なのかも不明です。
 勝手に想像するに、八岐大蛇退治の話が関わっているのだろうと思います。簡単に振り返って見ましょう。
「アマテラスの岩屋戸事件を起こしたことにより、高天原を追放されたスサノオが降り立ったのが、出雲国の肥の河上(ひのかわかみ)、現在の斐伊川の川上の鳥髪という地です。そこで櫛名田比売親子と出会い、大蛇を退治することで比売と結ばれます。そして、八岐大蛇は毎年氾濫する斐伊川のことであるという説があります。つまり、スサノオは治水により斐伊川の氾濫を治めた神様ということになります。」
 肥の河⇒斐伊川⇒氷川となったのではないでしょうか。

 HPによれば、「天暦5年(951)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られ、1000年以上の歴史を有します。8代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716)、将軍職を継ぐに至り、同14年(1729)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人、瑶泉院の実家・浅野土佐守邸跡)に現社殿を建立」とあります。吉宗がなぜこの地を指示したのかは書かれていないので分かりません。が、なにか治水と関係したことがあったのではないかと思います。そのため、治水の神であるスサノオを祀った。

 一方、スサノオを祀る氷川信仰では、大蛇退治を行ったことから武運長久の神様として、平貞盛や源頼朝をはじめとする東国武士の信奉が厚かったようです。

 御由緒で不明な点はありますが、徳川幕府の庇護も厚かったようで、歴史的にも文化的にも重要な神社と言えるでしょう。

御祭神は須佐之男命、その妻櫛名田比売、六代子孫大国主神になります。このトリオで今は縁結びの神となっているようです。

www.akasakahikawa.or.jp

3.参拝の前に

 東京十社のHPに、赤坂氷川神社についてこんなふうに書かれています。
「現社殿は吉宗公が建立されたまま現存する他、境内には至る処に江戸の年号が刻まれた鳥居・燈籠・狛犬が数多く残り、江戸の情景が数多く残る神社である。」

ということで、今回の参拝は鳥居と狛犬にこだわってみました。境内図を見てもこんな感じで、番号をふったのは私です。以下、この番号で鳥居と狛犬を説明します。できるだけ年代を見つけていったのですが、そもそも刻まれていないもの、刻まれているが判読できないものもありましたのでご承知おき下さい。

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4.参拝(①~⑤) 

 氷川坂側の東参道入口から入りました。

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 ①の狛犬です。台座裏に「昭和」と刻まれています。

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 一の鳥居の日付は大正四年でした。

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②の狛犬です。ギョロ目のちょっとおどけた顔ですね。台座の日付は大正4年です。

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 階段を上ると③の狛犬と二の鳥居です。どちらも日付は分かりませんでした。ちょっと分かりづらいですが、ごつごつ岩の上の狛犬は左右とも親子連れです。

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 最初の写真ではこちらから見て右下、次の写真では左下に子供がいます。

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 ④の鳥居と狛犬です。うっかり見落としてしまいそうな場所に狛犬がいます。足元に子供がいますよ。台座の裏に「弘化」の文字が読み取れます。鳥居の日付は不明です。

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「弘化」は1845~1848年で、第12代徳川家慶の時代です。

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 狛犬の奥に手水舎があります。

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 ⑤の楼門前の狛犬です。これこそ見落としますね。年代は分かりませんが、相当古いと思われます。後ろ姿が妙に可愛らしいので、思わずシャッターを切りました。
土塀も江戸時代のものと思われます。

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5.参拝(社殿)

 ここで社殿を参拝します。この社殿は総欅造り銅葺朱塗にして、安政の大地震・関東大震災・東京大空襲の被災を奇跡的に免れました。江戸時代当時のままの姿を残しており、東京都重要文化財に指定をされています。(HPより)

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 収蔵庫と宮神輿庫です。

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 社務所です。

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6.参拝(⑥~⑦)

 ②の狛犬の脇に勝海舟が名づけたと言われる四合稲荷があります。

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 さらに隣には西行稲荷です。境内図だとここに狛犬があるはずなんですが・・・。
しばらく目をこらして探して、やっと見つけました。経年劣化でしょうか、形が崩れています。

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 鳥居の裏には「文久二年」とあります。文久2年というと、1862年、生麦事件が起きた年です。狛犬もこのころのものかも知れません。

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 ⑦の山口稲荷です。

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 狛犬の台座に「文政」とあり、8年であれば1825年です。

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 そして鳥居の柱には「享保3年」(1718年)、8代将軍吉宗が就任したのが享保1年(1716年)です。こりゃ凄いや!

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7.境内には、その他にもいろいろ

 桶新稲荷

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祭器庫

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九神社

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 包丁塚

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 大銀杏

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神輿庫

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力石

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8.南参道社名碑と鳥居

 南側にも社名碑と鳥居があります。もしかしたらこっちが正門なのかも知れません。東京十社の看板があるし、ここから入ると楼門までまっすぐです。

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9.ご朱印

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10.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。少々長くなりましたが、最後までお読みいただき、有り難うございます。今回は鳥居と狛犬にこだわってみましたが、ひとつひとつに歴史があることにあらためて気がつき、我ながら良かったなぁと思っています。ただ、東京十社のHPでいう「至る処に江戸の年号が刻まれた」というのは如何なものかと思いました。「必死で探せば数カ所に」ぐらいの感じです。(意見には個人差があります)

 ではでは、今回はここまでです。次回をお楽しみに!

 


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