のと爺の古事記散歩

古希+4歳になってしまった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社・ご近所編Part3(77)~虎ノ門金刀比羅宮~とっても珍しい銅鳥居

 東京都心にある神社の写真を撮ると、背後などに高層ビルが写りこんでしまうことはよくあることですが、中には高層ビルと融合してたたずむ神社もありますね。その経緯はそれぞれなんでしょうが、高層ビルも含めていかにも都心の神社の風景だねと楽しむようにしています。今回訪れたのは、港区虎ノ門にある虎ノ門金刀比羅宮(とらのもんことひらぐう)です。

 

 

1.場所

 ここです。

2.ご由緒とご祭神

 万治3年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高知が、その藩領内である象頭山に鎮座する金刀比羅宮(本宮)の御分霊を当時藩邸があった芝・三田の地に勧請し、延宝7年(1679年)、京極高豊の代に現在の虎ノ門遷座しました。
 ご祭神は、古事記では大国主神の和魂(にぎみたま)とされる大物主神と、保元の乱で敗れ讃岐國に流され、金刀比羅宮を崇敬しながら不遇の生涯を送った崇徳天皇です。

 
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保元の乱崇徳天皇上皇)についてはこちらをご覧ください。

3.参拝

 東京メトロ銀座線虎ノ門駅を出て桜田通りを1~2分歩くと、通りに面して大鳥居があります。お隣が琴平タワー(2004年竣工、地上26階地下3階、賃貸ビル)という高層ビルで、その1階相当の一部に神社が位置しているように感じました。


 とても奇麗な石鳥居なので、いつごろのものか確認したところ、社名碑の裏側に「大鳥居建造記念」として昭和三年の日付がありましたので、同時期と思われます。

▼鳥居の裏側から見ると、向かいも高層ビルです。


▼鳥居をくぐると、由緒板とちょっと小ぶりの手水盤があります。


▼その先はこんな景色です。奥に社殿が見えますね。


▼そして、港区指定有形文化財の銅鳥居である二の鳥居で、説明碑にはこう書かれています。
 虎ノ門外の讃岐丸亀藩京極家の江戸屋敷に勧請された金毘羅宮(現・金刀比羅宮)の鳥居です。文政四年(1821年)十月に奉納された明神型鳥居で、「金刀比羅大神」の扁額が掲げられています。円柱には青竜・玄武・朱雀・白虎の霊鳥霊獣が飾られ、下部には奉納関係者の名前が刻まれています。願主・世話人の多くは芝地域の商人と職人でしたが、江戸市中の地名・人名もみられます。
 ちなみに、霊鳥霊獣は四方を守護していると言われています。東は青竜、西は白虎、南は朱雀、北は玄武です。



4.社殿

▼拝殿、幣殿は昭和26年(1951年)に再建されたもののようですが、とても奇麗に管理され、年数を感じさせません。


▼本殿は昭和58年(1983年)に復興されたもので、鉄筋コンクリート造りです。

5.境内社

▼喜代住稲荷神社

▼結神社

6.その他境内

▼裏鳥居


▼裏鳥居側手水舎



百度


▼神楽殿


▼参集殿


▼授与所

7.ご朱印

 マル金の表紋の左に天狗の持つ葉団扇の紋があります。これは、江戸庶民が「虎ノ門金刀比羅宮には天狗が座す」と噂したことに由来するそうです。

8.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 歴史ある神社なのですが、境内や社殿を含めた建造物がとても奇麗に管理されていて気持ちよく参拝できました。それにしても四獣を飾った銅鳥居は初めて見ました。江戸時代からこの鳥居をくぐって多くの人が参拝した、なんて思うと、タイムスリップしたみたいな不思議な気持ちになりました。リピーターになりそう・・・。

 そうそう、虎ノ門とは江戸城三十六城門の一つで、江戸時代からこの一帯は栄えており、その様子が浮世絵にも書かれているとか・・・。にわか勉強なのでこれ以上は説明できません、トホホ。

 

 

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