のと爺の古事記散歩

古希+3歳になってしまった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

神社巡り復活までのあいだに~鎌倉殿の13人的研究(3)~平治の乱

 今回は平治の乱のお話です。その前に、皆様は源義朝(みなもとよしとも)をご存じでしょうか?そりゃ、頼朝の父ちゃんで、平治の乱で清盛に負けちゃった源氏の武将だんべや! 正解です、が、どんなことを成し遂げた武士か、お分かりでしょうか。実は私も名前ぐらいしか知らなかったのですが、いろいろ調べていくと、頼朝がなぜ鎌倉に幕府を開いたかが分かってきちゃうんですね~。歴史は面白い!

 

 

1.源義朝はどんな人

 義朝は、保安4年(1123年)生で、源頼信を祖とする河内源氏の6代目です。河内源氏は河内(現・大阪の一部)に本拠を置く清和源氏の一流で、武田、足利、新田なども同流です。一般的に源氏というとこの河内源氏の流れをいいます。ちなみに、平氏は清盛などの伊勢平氏ですね。

ネットから拝借しました

 にわか勉強の私では細かいことは説明できませんが、義朝は父・為義の命で少年期に東国(関東地方)に下向し、安房国上総国に住み、安西氏や坂東平氏(三浦、上総、千葉など)に庇護されました。そして、東国で成長した義朝は南関東に勢力を伸ばし東国の武士団を統率し、三浦、大庭などの大豪族を傘下に収めます。そして、先祖の源頼義の領土であった鎌倉の亀ヶ谷に館を構えたりします。のちに頼朝が鎌倉を目指した訳はこのあたりなんでしょうかね。知らんけど!
 義朝の長男義平や次男朝長は在地豪族の娘との間にできた子供です。(こっち方面も抜かりがないってことね!)
 その後、長男義平に東国を任せ今日に戻った義朝は、東国武士団を率いて保元の乱に参戦するのです。運命の分かれ道やーっ!

2.平治の乱

 保元の乱からわずか3年後の平治元年(1159年)に平治の乱が起こります。この乱のポイントは、保元の乱の勝者が分裂して争ったということです。
 保元の乱後、後白河上皇が権力を握るようになると、その側近である藤原信西藤原信頼が争うようになります。この二人はもともと仲が悪く、信頼は信西を排除しようとしていたのです。
 一方、武士同士も不穏な雰囲気になっていきます。保元の乱では平氏も源氏も武勲を挙げましたが、恩賞に差があったのです。平氏が厚遇され、源氏は義朝一人が役職をもらった程度でした。あきさみよー、わじわじする~! ということで、不満分子の信頼と義朝がタッグを組んで引き起こしたのが平治の乱ということです。

 清盛が熊野詣で京を留守にしている隙を狙って、後白河上皇が住む三条殿を襲い上皇を内裏に幽閉します。事件を察知した信西は都から逃げ出すのですが、山中で義朝の軍勢に見つかり自害したと言われています。

 一方、乱を知った清盛は熊野から超高速で引き返し、あっという間に上皇を救出します。そして信頼、義朝討伐の勅命をもらい反撃に出ます。信頼は清盛勢に捕らえられ、六条河原で斬首されます。貴族の斬首は珍しいですね。恐!
 義朝は東国へ逃げて再起を図ろうとしますが、尾張の地で配下の裏切りにより殺されてしまいます。オーマイガッド!

3.平治の乱後の義朝一家

 義朝には9男2女がいたと言われています。平治の乱で義朝が亡くなった後、一家はどうなったのでしょうか。尚、頼朝は三男ですが、長男、次男の母親の出自が低かったので三男の頼朝が嫡男となっています。

ネットから拝借しました

 長男 義平 ・・・ 捕らえられ六条河原で斬首
 二男 朝長 ・・・ 義朝らと東国へ逃亡中、負傷が原因で死亡
 三男 頼朝 ・・・ 伊豆国へ流刑
 四男 義門 ・・・ 早世
 五男 希義 ・・・ 土佐国へ流刑後、平家討手に討たれる
 六男 範頼 ・・・ 曽我兄弟仇討事件を機に失脚、修善寺へ幽閉後討たれる
 七男 全成 ・・・ 頼家への謀反の疑いで誅殺される
 八男 義円 ・・・ 行家挙兵に参加、墨俣川の戦いで討死
 九男 義経 ・・・ 皆様ご存じの通り

 頼朝はなぜ処刑されなかったのか。やはり母親の由良御前熱田神宮宮司の娘という血筋がものを言ったのではないかと言われています。同母兄弟の希義も即処刑ではなかったし、坊門姫は義朝配下の武将の養女となり密かに育てられたようです。
 一方、義経を始めとした常盤御前の子供たちはどうだったか。一説では常盤が清盛の妾になることで助命されたと言われています。清盛って、やなやつ!

4.平氏の繁栄

 平治の乱の後、平氏は飛ぶ鳥を落とす勢いで権力を強めていきます。武士としては初めて太政大臣に任命されたり、娘を天皇正室にしたり、そりゃもう、「平家にあらずんば人にあらず」と一門が口にするほどの繁栄振りでした。朝廷内での地位を確立する一方で、日宋貿易によって莫大な富を得て毎日がうさぴょんぴょんさー。平治の乱からおよそ20年間、平氏の天下が続きます。

 しかし、平氏が栄華を極めていたころ、生き残りの源氏一門も黙っていたわけではないんですね。

 次回は以仁王の乱、流人となった頼朝はどうしているか、などの話をします。

5.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、有難うございます。

 いよいよ次回は流人頼朝の生活ぶりの話ができそうです。流人ですから、狭い牢屋にポツンと一人、飯も粗食だし酒なんてとんでもない、みたいな生活かと思ったら、これがなんとなんと、アキサミヨー!


参考文献
一冊でわかる鎌倉時代    大石学  河出書房新社
考証 鎌倉殿をめぐる人びと 坂井孝一 NHK出版新書
読む年表 日本の歴史    渡部昇一 WAC文庫

源氏の血脈         野口実  講談社学術文庫

 


神話ランキング

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

ブログランキングに参加しています。ポチッと押していただけるとうれしいです。

ブックマーク、読者登録いただけたら励みになります。