のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社(3)

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 伊耶那岐命と伊弉諾神宮

 古事記と言えば、伊耶那岐命(いざなきのみこと、以下、イザナギ)と伊耶那美命(いざなみのみこと、以下、イザナミ)ですよね。で、今回はイザナギの話です。

 天地が初めてあらわれ動き始めた時に、ムニュムニュムニュ~って最初に成ったのが天之御中主神でしたが、その後、別天神(ことあまつかみ)が成り、神世七代(かむよななよ)が成ります。そして神世七代の最後に成ったのがイザナギ、イザナミです。この二柱の神が国生み神生みをするのですが、二柱が一緒に生んだ島は14島、神は35柱だと古事記に書いてあります。ふ~っ、おつかれさん。
 さて、ここからいろいろな事件が起きるのです。詳細は省略しますが、イザナミは死んで黄泉の国に行ってしまい、それを迎えに行ったイザナギは自分のチョンボから逆に命を狙われ、やっとの思いで逃げ帰ってきます。どんなチョンボかは皆さんご存じと思いますが、念のため。黄泉の国の入り口の扉をはさんで二人は話し合います。

 イザナギ「かぁちゃん、まだ国生みが終わっていないんだ。帰ってきてちょっ!」
 イザナミ「とうちゃん、来るの遅いよ、私この国のご飯食べちゃったのよね~。
      でも、偉い神様に聞いてくるから待ってて。絶対覗いちゃだめよ!」

 覗いちゃだめよ、と言われて覗かない男は120%いません。イザナミの変わり果てた姿を見たイザナギは逆に命を狙われ、やっとの思いで黄泉の国から逃げ出すのです。そして自分の愚かさを嘆き、禊ぎをすることによってアマテラスなどの神々を生むのです。禊ぎではアマテラス以外に25柱の神が生まれています。

 ところで、皆さんはイザナギの最期?をご存じでしょうか。

 イザナギは、海原を治めるという使命を果たさずイザナミ母ちゃんに会いたいと泣いてばかりいるスサノオを、「ほなら、出て行けぇーー!」と追い払った後、
 古事記では「そして、伊耶那岐大御神は近江の多賀に鎮座なさっている。」
 日本書紀では「神の仕事をすべて終わられた。そこで幽宮を淡路の地に造って静かに永く隠れられた。」と書いてあります。
 表現の違いはありますが、隠遁生活を送ったということだと思います。ただ、近江と淡路では随分違いますので、どっちなんだんべ、ということで説が分かれるそうです。

 兵庫県淡路市に伊弉諾神宮があります。この神宮の御由緒にはこう書いてあります。

「古事記・日本書紀には、国生みに始まるすべての神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「幽宮」を構へて余生を過ごされたと記される。
その御住居跡に御陵が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが、當神宮の起源である。地元では「いっくさん」と別称され日之少宮・淡路島神・多賀明神・津名明神と崇められている。」

 滋賀県にも多賀大社がありイザナギが主祭神になっているのですが、私の解釈としては、最初に生んだ淡路島に戻ったという淡路説がスンナリ入ってきますね。まぁ、どっちが正しくて、どっちが間違いという話ではないので、自分が信じる方でよろしいんじゃないでしょうか。

 ところで、、イザナギ、イザナミという名前の意味をご存じでしょうか?

 イザナは誘う(いざなう)でギ(キ)は男、ミは女を意味します。そう、誘う男と誘う女という意味になります。そしてキミとは男と女、つまり私とあなた、あるいは私たちみんな、ということです。
 国歌「君が代」の君とは天皇という考えがありますが、実は私たちみんなという意味なんですね。もし天皇なら御君(おんきみ)と言わなければなりません。(意見には個人差があります。)

 ハイッ!今回も勉強になりましたねぇ~。次回もお楽しみに!!