のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

超入門古事記(18)天孫降臨~なぜ孫なの?

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 やっとこさ国譲りが終わり、いよいよ葦原中国の統治者を送り込むことになります。アマテラスとしては、当然、自分の長男を送りたいのですが、この長男のオシホミミという神様は、国譲り使者も命じられながら怖じ気づいて行かなかったり、そういう面倒なことは全くやる気ではないんですね。さぁ、どうなることやら。

 

 

1.結局、孫が行くことになった。

 アマテラスと高御産巣日神(別名・高木神)は長男のオシホミミに命じます。

アマ「国譲りが終わったけ、天降って統治しなはれや。」
ミミ「いや、あの、その、なんだかんだ、はれのちあめで、あめあらし・・・。」
アマ「なに訳の分からんことを言っとるんじゃ?はっきりせんかい!」
ミミ「実は、おかあさま、落ち着いて聞いてくりゃ。私に子が生まれまして、その子を
  降ろすのがええんじゃないかと思う、今日この頃でありんす。」
アマ「なにー、こどもーっ?聞いとらんで、いったい生んだのは誰じゃ?!」
ミミ「高木神の娘で、万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)で
  おます。生まれた子は天火明命(あめのほあかりのみこと)と、天邇岐志國邇岐志
  天
津日高日子番能邇邇藝命(あめにきしくににきしあまつひたかひこほのににぎの
  みこと)の二柱です。」
アマ「お前は子作りだけは速いのぉー、それにしても、何じゃその名前は!一人は4文
  字やけど、もう一人は20文字やで、覚えられるか!」

 といったやりとりがあったかどうかは定かではありません(ないに決まってるだろう!)が、結局、アマテラスは、オシホミミの申し出を受け、孫のニニギを降ろすことにしたのです。故に、「天孫降臨」となったのです。

2.ニニギ様ご一行編成

 ニニギが天降ろうとしたときに、天上の分かれ道に天地を照らす神がいました。アマテラスと高木神は天宇受売神を呼んで、何者かを問わせます。

ウズ「あんた、誰や?」
カミ「あっしは、国つ神で名は猿田毘古神(さるたびこのかみ)でおま。天つ神の御子
  が天降るという回覧板が回ってきたので、そんなら案内役をやらしてもらうべと思
  い、お迎えに参上いたしました。」

 そして、ご一行が編成されます。
 五伴緒(いつとものお)と言われる職業集団のボス連ですね。
 天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、伊斯許理度売命玉祖命、そしてこれに思金神、天手力男神が加わります。この神々の名前に覚えがありますか?そう、あの岩屋戸事件で活躍した面々です。
 ちなみに、天児屋命は、中臣連らの祖で、後世の「藤原氏」につながります。

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 さらに、アマテラスは三種の神器となる八咫鏡八尺瓊勾玉草薙剣をニニギに授けこう言います。
「ニニギはこの鏡を、私の御魂として祀りなさい。そして、思金神は私の祭事を執り行いなさい。」

 これって、結構なプレッシャーになりますよね!後世の天皇にまで影響を与えることになります。

3.ニニギ降臨

 さてさて、こうしてニニギ一行は八重にたなびく雲を押し分け、道をかき分けて筑紫の日向の高千穂に天降ったのです。

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 ニニギが降臨した「高千穂」とはどこなのか、二つの説があります。一つは、九州南部の霧島連峰高千穂峰、もう一つは、宮崎県の高千穂町です。もちろん、どちらが正しいかは誰にも分かりません。

 それとですね、降臨の地がなぜ筑紫の日向の高千穂なんでしょうか。せっかく国譲りを成し遂げたのだから、出雲でもいいんじゃないかと思いませんか?

 実は、これにも諸説あるようなんですが、一番しっくりくるのは、そこがアマテラス誕生の地だからなんです。アマテラスは、黄泉の国から逃げて来たイザナギの禊ぎによって誕生しました。その禊ぎをした場所が筑紫の日向だったんですね。そもそも、降臨の地がどうやって決められたのか、アマテラスの命令なのか、ニニギが勝手に成り行きで決めたのか、古事記には書いてありません。私は、アマテラスの指示だったと考えています。

4.天火明命はどうなった?

 オシホミミのもう一柱の子供の天火明命はどうなったか、気になりませんか?実はこの神様には別名があります。邇藝速日命(にぎはやひのみこと)という名前で、ずっと後の話になりますが、神武東征の段で登場します。つまり、よーく考えて下さいね。ニニギの降臨が華々しく書かれていますが、実はひそかに、もう一つの天孫降臨があったということです。詳しくは別途お話しします。

5.今回のポイント

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①なぜ孫を降臨させたのか。
 
このテーマを語るときに必ず出てくるのが第41代持統天皇の話です。飛鳥時代のこの頃は、権力をめぐって一族間でも骨肉の争いを繰り広げていた時代です。細かいことを書くとそれだけでブログが書けちゃいますので、メッチャ省略します。
 持統天皇は息子の草壁皇子を次期天皇と考えていたが、皇子が若くして亡くなったためその子、つまり持統天皇孫を第42代天皇とした文武天皇である。子でなく、孫への譲位は当時は異例であったため、これを正当化するため天孫降臨の話を作ったのではないか、ということです。真偽は分かりませんが、多分、そうだと思います。

天孫降臨は二度あった。
 
上述の通り、ニニギだけでなく、ホアカリ(ニギハヤヒ)もいつの間にか降臨していたんですね。詳しくは神武東征の段で。

三種の神器はここから始まった。
 
ご存じの通り、三種の神器天皇天皇であることの証とされていますが、天孫によって葦原中国に持ち込まれ、歴代天皇によって継承され、現在に至ると考えられます。特に、鏡はアマテラスの御心ですから、そりゃもう大変なもので、ある意味、後世の天皇が苦労する種になってしまいましたね。
 本物は源平合戦で海に沈んだ?

6.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、有り難うございます。

さて、降臨したニニギはどのように葦原中国を統治していったのか、ということですが、古事記には何も書かれていません、女神を追いかけてはいるのですが・・・。

 さてさて、何が起きるのでしょうか。次回をお楽しみに!

 


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