のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

神功皇后大研究(7)

f:id:kojikint70:20190625143512j:plain

御香宮神社(ネット検索)

⑥総括

 さぁ、神功皇后大研究も今回が最終回となります。冒頭写真は神功皇后主祭神とした、京都市にある御香宮神社です。神功皇后を祀った神社は全国各地に数多くありますね。特に、後に八幡神と崇拝された応神天皇の母であるということも影響しているのかも知れません。
 話は少しズレますが、応神天皇がなぜ八幡神として崇められたかというと、実はよく分かっていないそうです。もっとも古い資料で「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」(884年)と言われるのがあって、これに八幡神は品陀天皇御霊であると書いてあるそうです。応神天皇の話はまた別の機会にしたいと思いますので、話を戻しましょう。

 実は、神功皇后にも実在を疑う説や、もしかしたら卑弥呼のことじゃないか説など、ご多分に漏れずいくつかの説があるようです。私は以前にも述べましたが、古事記に書いてあることの真偽は問わない主義ですので、神功皇后は実在したと考えています。
ただ、数多くの伝説を残し、神社に祀られ、日本初の紙幣肖像にもなっていますので、日本人にとっては愛着のある人物だと言えると思います。摂政在位が長すぎたのではないかということが唯一の問題点でしょうか。

 そうそう、日本初の紙幣肖像に選ばれた理由は何だったのでしょうか。これは全くの私見ですので、多分、的外れかも知れませんのでそのつもりでお読み下さい。

 紙幣が発行されたのは明治14年1881年)です。当時の明治政府のスローガンは「富国強兵」です。日本は欧米諸国に追いつき追い越せで、国を強くすることに必死だった時代です。国を強くするには国民の意識を高揚させる必要があります。そこで、明治政府が日本初の紙幣肖像にに選んだのは、外国にもに強い行動をとった人物でした。それが神功皇后だったのではないでしょうか。

 今は学校で神話教育ができない時代になってしまいましたが、なんらかの形でこういった古代世界の人物の話を後世に残していって欲しいですよね。
 ということで、なんかうまくまとまりませんでしたが、神功皇后大研究を終了します。長きに亘りお読みいただき、有り難うございました。
 次はどうしようかな、まだ決まっていません。チャンチャン!

 あっ、全く関係のない話ですが、先日、神社検定3級を受験しました。自己採点では合格圏内です。すごいでしょっ!(そうでもないか)