のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社・ご近所編(13)

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 今回からご近所編に戻りますが、はっきり言ってご近所ではありません。茨城県笠間市にある常陸国出雲大社に行って来ました。10年程前に本家である島根の出雲大社に行っていますが、もう体力、資金力がないので島根には行けないなと思い、その分をこちらでお参りしました。

 

 

1.場所

 ここです。

 

2.ご由緒&ご祭神

 出雲大社とくれば主祭神は大国主神であることは皆さん、もうご存じですよね。

 ここで大国主神について、ザックリ振り返って見ましょう。以下、オオクニと言いますね。

 オオクニは須佐之男命の六代孫で、オオクニ以外に、大穴牟遅神(おおあなむじのかみ)、葦原色許男神(あしはらしこおのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)、宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)という名前があります。
 オオクニには八十神と言われる大勢の兄弟がいます。この八十神が稲羽の八上比売に求婚するための旅の従者としてオオクニを連れていくのですが、結局、八上比売が選んだのはオオクニだったのです。オオクニはこの旅の途中で白兎を助けます。稲羽の白兎の話ですね。怒り狂った八十神は二度オオクニを殺しますが、オオクニは二度とも復活し、さらなる危険から逃れるために、スサノオが支配する根之堅州国へと逃れます。
 この根之堅州国でオオクニはスサノオの娘である須勢理毘売(すせりびめ)と結婚します。スサノオの娘と六代孫であるオオクニの結婚ですから、そりゃもう想像を絶する年の差婚になりますが、そこんとこはあまり考えず、軽くスルーして下さい。そして、スサノオの無理難題をなんとかクリアし、須勢理毘売と一緒に根之堅州国から逃げ出します。この時、スサノオが言ったのです。「お前は大国主神と名乗り、国作りをし、統治しなさい。」と。
 こうしてオオクニの国作りが、神産巣日神の子供である少名毘古那神(すくなびこなのかみ)の協力を得て始まります。そして、話は国作りから国譲りへと進んでいくのです。そして、波乱多き時を経て、最後は杵築大社(出雲大社)に静まり坐したのです。
 ちなみに、オオクニには180人の子供がいたそうです。180は百八十(ももやそ)と書き、八十は大勢という意味があります。これに百が加わりますので、ほんとに180かは別として、とても大勢の子供がいたのだと思われます。その代表が国譲りの段で出てくる事代主神と建御名方神ですね。

 当神社のHPによると、「 平成4年12月4日、島根県出雲大社よりご分霊をご鎮座。日が沈み休まる「日隅宮」(ひすみのみや)と称される島根県・出雲大社から、大国主大神の第二御子神である建御名方大神(たけみなかたのおおかみ)が鎮まる長野県・諏訪大社を通り、日が生まれる国・常陸国へと直線上で結ばれたご神縁の地・茨城県笠間市へ大国主大神のご分霊にお鎮まり戴きました。」とあります。まだ新しいんですね。

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 では、参拝しましょう。

3.参拝

 駐車場に入ると、すぐ目の前に大鳥居があります。隣にあった由緒書によると、高さ34尺5寸(1尺=約30cmなので、約11m)、笠木45尺(約14m)で、明神鳥居としては我が国最大級とのこと。明治神宮の大鳥居が高さ12mでしたから、確かに最大級ですね。

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 大鳥居をくぐって行くか、左手にある参道を進むと拝殿が見えてきます。そして手前に手水舎があります。

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 そして、小階段を登ると拝殿です。さすがに大注連縄が見事ですね。本家に負けていません。

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 あれっ、拝殿の屋根になんかいますよ、なんでしょう。鷹? 鷲? 社務所の方に伺ったら金鵄(きんし・きんのとび)だそうです。
 日本書紀では、東征を進める彦火火出見(後の神武天皇)が長髄彦と戦っている際に、金色の霊鵄が天皇の弓に止まると、その体から発する光で長髄彦の軍兵たちの目がくらみ、東征軍が勝利することができたとされ、この霊鵄を指して「金鵄」と呼んでいます。
 一方、この金鵄は古事記には出て来ません。古事記では、熊野での苦戦の後、先導役として天つ神が遣わした八咫烏(やたがらす)が出て来ます。八咫烏はサッカー日本代表のシンボルマークになっていますので、皆さん、ご存じですよね。
 それにしても、出雲系神様の親分を祀る神社に、天つ系神様を救った金鵄がいるってなんか変? 

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 拝殿の中が良く見渡せます。そして、拝殿の左手前にオオクニの木像があります。これ大きいですね。この大きさのオオクニ像は見たことが無いです。そして、右手のひらに少名毘古那神が乗っています。 

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 拝殿の脇に展望台があります。そうか、ここは小高い山の上なんですね。それにしても素晴らしい景色だ。中央に見える山は加波山と言うのだそうです。そして、この空の素晴らしさ、どうよ。世間の汚れが染み着いた私の心を一気に洗ってくれます。

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 展望台脇にこんな案内があります。えっ、本殿に行けるの? 行ってみると本殿がよく見えます。さすがに囲いはありますので覗き見になりますが、ここまで本殿が見られるのは珍しいです。これまでは、せいぜい屋根ぐらいでしたから。

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 そして摂社は龍蛇神社と薬神神社です。
 龍蛇神は大国主神のお使いとして、火難・水難の守護神としての信仰があります。

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 少名毘古那神は大国主神と兄弟の誓いを結ばれ、国土を経営なさいました。特に医薬の道に秀でられ、薬神としての信仰があります。(下の写真はHPから拝借しました)

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 そして、ご朱印をいただきました。

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 さぁ、いかがでしたでしょうか。平成4年創建ということで比較的新しい神社でしたね。建物、境内もきれいでした。小高い山の上というシチュエーションもよかったです。オオクニとスクナビコについては、もう少し話したいことがありますが、それは次の機会にしましょう。

 では、次回をお楽しみに!


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