のと爺の古事記散歩

古希+1歳になった爺さんが勝手気ままに古事記を散歩します。

古事記の神様と神社・東京編(19)根津神社

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 前回は湯島神社をお送りしましたが、今回は最寄駅が湯島のお隣の根津で、根津神社です。ベタですねー。ここは東京十社の一社です。爺さんは三度目の参拝になります。本当は5月初旬ぐらいに来るのが最高なんです。それは、境内の3000株のツツジが半端なく見事に咲くんですね。当然、メッチャ混みますけどね。今回はその前哨戦として1年半振りに行って来ました。


目次
 

1.場所

 ここです。

2.「権現」とは?

 いつもならここで御由緒の話になるのですが、今回はその前に「権現」の話をします。根津神社は明治の神仏分離以前は「根津権現社」とも言われていました。そもそも権現とは何か?それを知るために仏教伝来から考えていきましょう。
 えっー、なんか面倒、とか、もう知ってるとか言う方は飛ばしちゃって下さい。

①仏教伝来と神仏習合

 日本に仏教が伝わったのは第29代欽明天皇13年(552年)と言われています。この年、百済の聖明王から仏像と経典が献上されたのです。天皇に仏像を祀ることを勧めたのが蘇我稲目で、反対したのが物部氏、中臣氏らの国粋派でした。その後、いろいろ、擦った揉んだの後、最初に仏教を信じた天皇は第31代用明天皇(聖徳太子の父)です。
 こうして神道の神と仏教の仏を共に信仰するという、いわば共存共栄の思想が始まっていきます。これを神仏習合といいます。専門的な話は私には分かりませんが、この思想からお寺に鳥居があったり、神社の敷地内にお寺があったりという現象が起きてきます。そして、この思想は明治時代の神仏分離まで1300年以上続きます。逆に言うと、明治政府はなぜ神仏分離を発したのでしょうか。この話をすると更に長くなりますので止めときます。いずれそのうちにできたらいいですね。

②本地垂迹説と権現

 平安時代になると神仏習合の一つとして本地垂迹(ほんじすいじゃく)という考え方ができあがってきます。本地とは「本物」、垂迹とは「仮の姿」を意味します。そして、これを合わせた本地垂迹説は「本来の仏様が仮の姿になって現世に現れたのが神様であるという説」という意味になります。このような形で現れた神様を権現様と言うんですね。「権」とは「仮」という意味です。
 神社の建築様式に権現造という様式があります。これも神仏習合の考え方から出ており、本来寺院の様式であったものを神社建築に採用したものです。

 随分荒っぽい説明でしたが、以上のことを頭の片隅に置いて次に進んで下さい。

3.御由緒と御祭神

 御由緒板はあるのですが、相当劣化しており全く読めません。

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 HPによれば、「根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。 江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。」とあります。
 日本武尊(古事記では倭建命)の創祀で、徳川家の信仰があったとなれば、こりゃもうとんでもなく格式ある神社だと言うことが分かりますね。そして、かつては(今でもそう言われるかも)根津権現社と言われていました。なぜでしょうか。
 主祭神のスサノオは十一面観音菩薩を本地仏とした権現様として信仰されているんですね。

*ここでまたまた疑問が出て来ます。天つ神系統のヤマトタケルが、なぜ、高天原を追放され国つ神のボスとなったスサノオを祀ったのでしょうか。この話をすると先に進みませんので、機会があったら別途お話しします。

www.nedujinja.or.jp

4.参拝

 境内はこんな感じになっています。表参道口から入りましょう。

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 鳥居と灯籠には平成8年、社名碑には明治44年の日付が刻まれていました。

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 参道を進んで行くと神橋があり、その先に楼門が見えます。HPによると、「宝永3年(1706)に完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。」とあります。ひぇー!むちゃむちゃ凄くね!

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 左右に守護侍像があります。水戸光圀がモデルとか言われていますが定かではありません。

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 楼門の真正面に唐門がありますが、その左手前が手水舎です。樹木の伐採工事中でしたので、時々重機類が写っていますのでご了承下さい。

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 そして、唐門です。

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 手水舎、唐門の写真をご覧になって、何かお気づきになりますか? 
そうです! 手水鉢や門軒下に「」の印があります。みなさんは卍印を見て何を連想されますか?多分、最も身近なのは「お寺の地図記号」だと思います。神社なのにお寺の記号、どういうこと?
 もうお分かりですよね。ここに神仏習合、権現造りの名残があるんですね。神仏分離になってもここは残されてきた。素晴らしいことです。拝殿にも卍がありますね。

 石灯籠には寶永の文字が見えました。

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 さて、いよいよ拝殿です。見事な社殿で圧倒されますね。

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 拝殿前の狛犬です。日付は大正元年でしょうか。

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 灯籠には根津大権現の文字があります。

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 授与所です。ここでご朱印をいただきます。

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 拝殿に向かって左側に西門があります。社殿はぐるっと透塀で囲まれています。

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5.摂社

 千本鳥居で有名な乙女稲荷神社です。

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 鳥居の途中に徳川家宣胞衣塚があります。

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 千本鳥居を抜けると駒込稲荷神社があります。

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6.他にもいろいろ

 ほかにも色々ありますが、全部は紹介しきれません。代表的なものです。
 

 舞殿

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 森鴎外碑名水
 
森鴎外がここで水を飲んだとか、飲まなかったとか・・・。

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 文豪の石
 近所に住んでいた夏目漱石や森鴎外などが散歩の際に座って構想を練ったといわれている石です。なんか看板を出しておかないと、ただの石です。

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 ツツジ3000株
咲いたら見事ですよー!!

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 西口鳥居

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 北口鳥居

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7.ご朱印

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8.まとめ

 さぁ、いかがでしたでしょうか。最後までお読みいただき、有り難うございます。
300年以上も前の社殿等が目の前にあるって信じられますか?根津神社だけのことではないですが、神仏習合などの歴史を刻んできたレガシーです。
 そういう話を聞いてもなかなかピンとこないですよねー。まだ修行が足らん!

 では今回はここまでです。次回をお楽しみに!

 


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